書きたいコトが色々ある時期にココログがめちゃくちゃ重くて使えなくて。
なんか長時間メンテでなんとか改善してるらしいけど、その頃にはすっかりmixiで書き続けてるわさ(笑)。
客を無くすって、こういうコトなんだろうな。
ある人から、mixiにガンガン書いてるその活力がなんで沸いてくるんだろう、とか言われて自分でも考えてみた。
なんなんだろう?
元々、文字や言葉が好きだ。
まだ幼稚園にも行かない頃の遊び道具が文字のついた積み木だったらしい。
(その代わり、数字はいつまで経っても模様にしか見えない(笑))
振り返ると、小学校高学年(思春期?)の時から15~16年、日記を書いていた。
ほとんど毎日書いていた。
東京に出てきて、なんか、書かなくなった。
書いても、続かなくなった。
宝島とか、忙しすぎて習慣がなくなったのかもなぁ。
しかし、blogやmixiは、日記であって、日記ではない。
過去の日記は自分のためのモノであり、自分しか読み返さない。
自分に対する自問自答が全てだった。
blogやmixiの前に、ホームページに付けられる日記みたいなものがあって、それから数えると軽く6年くらいは、人様に見せるための日記を書き続けている。
いや、ニフティのフォーラムの書き込みもそれに近い、読み手を意識したモノなのだから、軽く10年を越えている(^^;)
しかし、ニフティの書き込みは、自分が主ではない所があるから、今回の答え探しには、ちと外しておきたい。
いわゆるblogやmixiとは、書くベクトルが違う(とわたしは考える)。
けっきょく、答えは、習慣化している、ってコトなんだろうか?
日々、ネタを探している(笑)。
常に、何かネタになるモノはないか、探している。
本当に習慣化だけだろうか?
そこは自分にもわからない。
書きたいコトが確かに出てくるのだ。
今ふと気が付いた。
東京に出て書かなくなった、自分のための日記に、似ているモノがあるのかもしれない。
どこかで自問自答を、しているのかもしれない。特にmixiは。
あぁ、でもやっぱり、読み手を意識しすぎたコトを書いているなぁ(笑)。
違うなぁ。
と言う事で、なぜblogやmixiを書き続けるコトができるのか、答えは出ませんでした(笑)。
をい!(^^;)
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